江古田にあるやぐらが閉店してしまったらしい。やぐらは江古田の民にとって精神的支柱だったので、なんというか言葉もない。ここ数年、西武池袋線の高架化にともなう区画整理のため、自分が生まれるよりも前からあった建物がどんどん消えつつある。ここは自分の生まれ故郷ではないのではないかと江古田に帰るたびに動揺してしまうが、これも市街地に生まれた者の宿命かもしれない。
いちおう、知らない人向けに簡単に説明しておくと、やぐらは江古田駅にほど近い場所にあるおにぎり屋さんである。21世紀の東京にあるおにぎり屋さんというと、どうしても外苑前のOnyのようなオシャレでロハスなものを想像してしまうが、そういう人はもうちょっと思考を三ノ輪寄りにして欲しい。

この江古田コンパ(23区内では最後のコンパらしい)の右隣にあるのが往時のやぐらである。ここでおにぎりが日々販売されていた。
またやぐらを語る上で、非常に重要なのがその特異な営業形態である。Onyなどはオシャレでロハスといっても常識的なので、朝には開店して、夜には閉店する。しかし、やぐらには開店とか、閉店とか、そういう概念がそもそもない。つまり、24時間365日開店しているのだ。とはいっても、コンビニのように若いお兄ちゃんやお姉ちゃんが取っ替え引っ替えローテーションしていくわけでもなく、老夫婦が2人だけで営業していた。
その老夫婦の穏やかで丁寧な働きぶりと、24時間365日おにぎりを握っている狂った状態とのギャップが、江古田の民を戸惑わせた。その戸惑いは、人の温もりを持ったコンピューターだとか、鎮守の森のように静謐な高層ビルといった、一見矛盾をきたしているように見える存在に出くわしたときの感情に近い。この先、自分はこいつと一緒にやっていけるんだろうか、そういう感情である。しかし、それは杞憂におわる。だって、24時間365日やってるけど、温もりがあるんですもの。往時のやぐらはデイリーポータルZのこの記事も参照して欲しい。
江古田には夜12時で閉まるコンビニ(ファミリーマート)がある一方で、やぐらのような店もある。そういう無闇にアンバランスな感じが、実家を離れて10年経つと、自分に非常に大きな影響を与えていたことがわかってくる。いま、その一角が崩れたわけだが、この経験はできるだけ忘れないでおこうと思っている。