月別アーカイブ: 2008年1月

第9回webAGORA Scape時評

凄まじい勢いでwebAGORA Scape(flickrのことですわ)が更新されていった結果、なんか小汚いウェブサイトに見えてきたwebAGORA。

にしても、うpされた一連の写真は、理性と怒りが激しくぶつかりあったせいなのか、どれもタイトルが変な方向にキレていて、非常に強いマグマを感じる。単なる啓蒙にとどまらない禍々しい警告となっている点が、webAGORAの、ひいては大学広報の新境地を切り開いたと言っても過言ではないだろう。

設計者のひとりとしては、このような使い道はあまり考えていなかったのだが、ドラスティックな変質(ノイズ)を許容できるウェブサイトの構造は今後結構使えるかもしれない。何はともあれ、片付けは重要である。

ブラックジャックのようなデザイナー

oppei先生と話しているとき、いわゆるインハウスデザイナーと、デザインファームなどに属する(またはそれを率いる)デザイナー以外のデザイナー像はないものか、という話になり、oppei先生からブラックジャックのようなデザイナー、というフレーズがポロリとでてきたので、いっそ検証してみたい。

1.モグリ

ブラックジャックのようなデザイナーであるから、モグリのデザイナーである。モグリのデザイナー……。なんかこの言葉、カッコいいな。よくわかんないけど。ともあれ、モグリのデザイナー。

2.デザイン料

ブラックジャックのようなデザイナーであるから、たとえ相手が貧しかったとしても法外なデザイン料を請求する。10億、100億あたりまえ。でも、こどもや、自分を助けてくれた人がクライアントだったりすると、デザイン料は無料だったりする。

3.相棒

ブラックジャックのようなデザイナーであるから、ピノコのような相棒がいる。ピノコはブラックジャックが己の医療技術を駆使して作り上げた相棒であるから、ブラックジャックのようなデザイナーも己のデザイン技術を駆使して相棒を造らねばならない。というわけで、自らフォントはもちろんのこと、IllustratorやInDesignなどと同等もしくはそれ以上のソフトを開発し、それを駆使して案件を解決に導いていく。オヴァルみたい。

4.復讐

ブラックジャックのようなデザイナーであるから、基本的な行動指針は幼い頃自らを死の淵に追いやった大人たちへの復讐である。ここでは、仮にこのデザイナーの出自を某コンピュータのパーツ販売会社の子弟ということにしたい。主な筋書きはこうだ。彼が幼少のおり、日本を代表する著名アートディレクターがその某コンピュータのパーツ販売会社のウェブサイトをリニューアルした。しかし、なんか微妙なリニューアルだったため、Web2.0時代に取り残され、徐々に売り上げが低下、最終的には不渡りを出し、倒産してしまう。結果、一家は離散、不遇の少年時代をかこつこととなる。そして、少年は決意する、自分をこんな目に遭わせた日本を代表する著名アートディレクターに復讐するため、デザインの道を究めることを。

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ぱっと思いついたのはこんな感じ。具体的にどのように復讐するのか(例えばBJは復讐の相手を瀕死にさせたうえで治療していた)とか、ドクター・キリコ(デザインの安楽死ってなんだろう)とかそのあたりを詰めるといいかも知れない。俺、大人になったら、モグリのデザイナーになろうかな。

受験生応援企画

最近、室内が点滅していることでおなじみ、我が家(Maison de electric)の斜め上(#205)の住人に倣って、受験生応援企画を。

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130人も合格者がいれば、その中には数名、予備校に通うのを忘れていた愚か者もいることでしょう。そう、かく言うわたしもかつては予備校に通っていなかった愚か者でしたので、愚か者だった(いや、現在進行形かもしれない)観点からいくつかアドバイスを。

1.時計を持っていくこと

時計を持っていかなかったんだけど、なんだかんだいって、体内時計で5時間は無理でした(幸い受かったけども)。

2.制服は極力着ない

受験日当日、いつものようにセーター、ジャンパー、ジャージ、サンダルで会場に向かおうとしたところ、母にこっぴどく怒られた。「受験に制服を着ていかないバカがどこにいる!!」。しぶしぶ制服(学ラン)に着替えて、そして、会場となる絵画北棟に着いたところ、学ランなんて着ている奴はいなかった。超恥ずかしい。でも、セーラー服を着ている女学生は結構いたので、女性は制服でもいいかもしれない。

こんなところでしょうか(こんなんでいいのか)。
上記は受験に対する戦術的なアドバイスでしたが、戦略的なところでは、なんか毎日、イッテン体操とかすると良さそうです。

また、横浜

桜木町の創造空間9001で行われた「音楽映画・横浜」の初演を観た。

同時上演(上映)していた、前作にあたる「名古屋」が、一発ネタ的なところがあり、後半ちょっとダレていたので、どうなることかと思った(でも面白かった)が、「横浜」の方は脚本(+音楽だから作曲か)や構成が練られていて良かった。具体的には、どう終わって行くのか皆目検討が着かない中、楽譜から即興の要素へ静かに移行していくところが、うまくオチに結びついたと思う。

そのあと、友の会が行われ某女史から自称・衝撃発表。

下北沢、横浜

中平卓馬について書いたせいなのか、こころにふつふつとわき上がるものがあり、ガッと下北沢に行ってみた。シネマアートン下北沢で上映中の「カメラになった男」。だいたい4年ぶり。

なんとなく分かっていたけど、映画を見たら、どこかこころにしこりができてしまった。あれは写真なのだろうか、あの行為は撮影なのだろうか。う〜ん。

そのあと、横浜に行った。土曜日に横浜は行く予定だったので、本当はICCと写真美術館に行かなければならなかったのだが、間違えてしまった。せんたんの学部と修士の展覧会。がんちゃんいるかなーと思ったけど、会えずじまい。残念。

去年のカブトムシとタコの映像作品と、2006年ワールドカップでの日本対ブラジル戦をコラージュした映像作品の衝撃を今でも引きずっていて、あの手の作品あるかなーと思っていたのだが、なかった(毎年あっても困るっちゃ困る)。学部の方に、指名手配犯の顔写真を模写するパフォーマンスを街でしている人がいて、日常化してしまった異様な風景をざっくり掘り起こす感じが個人的には良かった。

映像研究科の方にも行った。こちらはアンケートに書いたことを元に書くと、全体的に見ることへの観察と、考えることへの考察が非常に鋭くて面白かった。これと同時に全体的に毒がないというか、牙がないというか、滑らかな印象。とはいうものの、今挙げたこれらが表現活動に必要な要素かと問われれば、よくわからない。まぁ、いずれにせよ東京藝術大学らしからぬ不思議な感じ。
あと、映像研究科に望むこと、を問われた。教育機関に求めることはとくにない(リベラルでラジカルならおk)ので、パスしようかと思ったが、「このクオリティで学部も運営してください」と書いてみた。ナマ言ってすみません。でも、そうなるとすごい面白いと思うんです。

そして写真

というわけでぽつぽつと写真も撮り始めた。

映画に続いて写真だなんて、普段港さんと仕事しているにも関わらず、映画(というか映像全般)や写真に興味がないというのは、犯罪的行為だとでも感じたのだろうか>自分。

そういえば、中平卓馬を収めた「カメラになった男」という映画がある。
中平卓馬の写真はまさにその映画のタイトルの通りで、カメラを使って撮られたのではなくて、彼自身がもうカメラなってしまって、そこからなんらかの方法で直接出力してしまったような、突き抜けた透明感を持っている。その突き抜けた透明感はこちらからしてみれば、えも言われぬ悲しさや寂しさ、不安でしかないのだが、サイバーパンクで描かれ、科学者が夢見ていた身体/知覚の再実装という地平にまったく別のアプローチから到達した彼は、それ自体がメディア・アートと言えるような気がする。(ちなみに写真家はあと、森山大道がいいなぁ、と思いました)

というわけで、せっかく始めるので何か目標をと思い、無理だと感じながらも、中平卓馬の写真が到達した絶望的に透明な境地に向かってシャッターをきることにした。
ちなみに音楽の方の目標はスティービー・ワンダーである。

映画その後

映画はその後、いちおう見ている。
いまのままでは、150本にわずかに到達しなさそうなので今後はペースをちょっとあげたい。

先日、テレビを見ていたらおぎやはぎのおぎかやはぎの方(めがねをかけている方)が、かつてレンタルビデオ店に勤務していて、その頃から今に至るまで、年間200本以上の映画を見ていると言っていた。それで、これまでに見た映画の本数は累計3000本になるとかならないとかで、出演者の誰かが「一番良かった映画はなんですか?」とおぎかやはぎのうち映画を3000本見ている方に尋ねた。すると、映画を3000本以上みためがねは、「……ロッキーですかね」と答えていた。3000本も見て、結論はロッキーかよ、と一時落胆した……はずもなく、いま手元にロッキーがある。

ところで、iPod touchもその後使っている。
HandBrakeで映画をエンコードしたあたりで、デヴィッド・リンチがiPhoneとかちっこい画面で映画をみることについて「頭冷やせボケ」と宣ったらしいという情報をたにぐちくんから仕入れた。しかし、本当に頭を冷やすべきボケはデヴィッド・リンチなような気もしないでもない、というか確信に近いものがあるので、あまり気にしない。
それで、「アヴァロン」を見て、あまりにアレなので、途中で「CUBE」見て、「未来世紀ブラジル」見て、思い出したように「アヴァロン」を見たら、すべてのストーリーが脳内で合成されてしまった。ノンリニア。家で映画を見るのは難しい。

てゃんぶらー

大島さんの中の人は絶対テャンブラーをやったらいいと思う。
で、どうしようもない写真や、大島Ωさんがたまに書いたイラストとかをうpしてほしい。

お正月

すっごい中途半端なタイミングでお正月のことを書いてしまうのだが、今年の年始はやはり、5年ぶりくらいに参加した中学高校の部活(5歳から水泳と剣道をやっていたにも関わらず、なぜかソフトテニス部でした)の新年会が印象に残った。

うちの中学高校は早稲田大学の系属校(ハンカチ王子の母校ではない方)で、おそらく生徒の7割強程度が早稲田大学に持ち上がるのですが、自分はたまびに進学しました。早稲田に進学した人は、キャンパス内で同級生と会う機会もそれなりにあり、高校の裏にある大学に通っているせいか、特に高校への懐かしさみたいなものを抱かないようで、一方こちらもこちらでゲゲゲの鬼太郎のOPに出てくるおばけの学校を地でいくようなエキセントリックな大学の中で高校のことを完全に忘れていました。今でも高校のときの記憶がすべて嘘みたいで、逆にあっちが本当だったら、大学生活は嘘だろう、と本気で思えるような、前世の記憶みたいな感じです。まだ1回目の人生なのになんかお得。

そんなわけで、毎年、新年会のお誘いが来ても自分宛に来ているような感じがしなくて……というのは半分嘘で、年始の時期ってなんか制作が忙しかったような気がするのでいつも行けませんでした。でも、最近はタスクがそれなりにコントロールできるようになり、こころに余裕ができてきたので、そういうことに振り返られるようになりました。自分でもそのことにびっくりです。

5〜6年ぶりにあった同級生たちはあまり変わっていなくて拍子抜けしましたが、彼らと話す中でいくつか非常に新鮮な驚きがありました。

1.考えたこともない仕事をしている奴がいる

ロースクール(法科大学院)に通って、検察官になろうとしている奴が2名ほどいました。検察官のことなんて考えたこともなかった。うち1人の学部時代の専攻は虐殺などのいわゆる「人道に対する罪」といった国家が犯す犯罪の裁判についてらしいです。あと、ほかには、大学院で情報工学と生物学を勉強している人とか、外資系の生保に勤めて、集めた保険金の運用(だったかな?なんか専門的でよくわからなかった)やっている人とか、そんな感じでした。

2.立ちはだかることばの壁

「安藤忠雄」が通じなくて困りました。よって、「伊東豊雄」も通じないという。
ちなみに「ファインアート」も通じません。あと、「アーティスト」というと、J-POPを連想するようです。理工系だと「マルコフ連鎖」とかは通じるようです。

主にはこの2つに集約されるでしょうか。突然海外に放り出されたような、アイデンティティの揺らぐ体験でとても感動しました。行ってよかった。

あと、自分は受験に際して、進路を決定するのがあまりにも遅かったこともあり、だれにもたまびを受験することを言わなかったので、じぶんがたまびに合格し、その結果が高校から発表されたとき、みんなたいへん驚いたようです(受験する前には、卒業式は終わっていたし、その高校から結果が発表がされるころにはたまびに入学してたので、直接クラスメートとかに報告する機会はなかった)。というわけで、伝説の人呼ばわりされました。よくわかりませんが、普遍的な「美大生」というイメージだけが一人歩きしていたようです。ちなみに自分は高校時代と全然変わっていないそうです。

敬語で書いてみた。

なぜ映画か

前のエントリで、年間150本の映画を見ると高らかに宣言した訳だが、なぜ映画か。

思い起こすまでもなく、自分はほとんど映画を見ない。2007年に劇場に足を運んでお金を払って見た映画といえばエヴァだけという体たらくで、その前に見たのは「エイリアンVSプレデター」という有様。これでは「やぐちひとり」に出演中の藤幡先生に「民度が低い」と罵られてもしょうがない。

もともと映画を見ると、夜眠れなくなるとか、スクリーンが大きいので気分が悪くなるとか、集中力が1時間30分も持たないとか身体的な問題はあるにせよ、やっぱりYouTubeとか、ニコニコ動画に上がっているような匿名性を持ったインタラクティブな場をベースにした映像の方がとにかく速いし、軽いし、だいいち面白い(あと無料)。

映画館で上映されるあれも、ニコ動に上がっているこれもフレームワークとしては同じ映像なんで、そういうフラットなところまで還元してしまうと、速くて、軽い方を「なんとなく」選んでしまう。そういう意味では、映像自体はけっこう見ている方だろう。

しかし、共有体験という点ではどうか。リュミエール兄弟の「シオタ駅への到着」が今でも語られるように、「フタエノスイッチ」が100年以上後に語られるだろうか。自分の想像力が貧困で、実際は語られたりするのかもしれないが、せいぜいニコニコ動画という場があったという話で止まりではないか。

(中略)というわけで、これから「下落合焼とりムービー」を見ます。 (ちなみに山本晋也カントクは自分の高校の大先輩)