月別アーカイブ: 2008年3月

卒業(この支配からの)

高校のときは、もうちょっとまともだったと思うのだけど、大学を出る頃には社会不適合者になってしまっているというたまびクオリティ。そんなことを実感する今日この頃。わたしはげんきです。

それはそうと、この1週間くらいでは、こんな展示を行ってきますた。4月はもう展示には行きませんので、渡邉先生の活躍は5月以降にご期待ください。

  • 『crashland』(東京、トリコカナルサイドギャラリー)
  • 多摩美術大学卒業修了制作展(東京、多摩美術大学)

そして、さらに全然関係ないんだけど、いくつか前のエントリでちょこっと触れたみやたゆきさんに会った。案の定なキャラ&卒業後の進路だったので、安心した反面、がんばってほしい。まずは生き延びることだと思う。

追記

普段なら、mixiに書くような内容ですが、なんとなく。
(このブログはフィクションです)

1月の卒制最終講評で、水野さんがメゾン・ド・エレクトロニクス201のプレゼンテーションをしているとき、自分は死郎さんと一緒にそれを聞いていました。特に理由があったわけでもなく、たまたま隣に居合わせた程度だったのですが、水野さんのプレゼンテーションがいつの間にか、コタツでの港さんとの座談会に移行したころ、死郎さんが「フヒッ!!フヒヒヒッ!!!」と笑い始めました。

外部の人にはわからないかもしれませんが、死郎さんといまの4年生との間には、遺恨があったように思えました。

前期終了。今年のキャリア計画(コンペ受賞)は全滅のようですので、計画を終了します。ですので、新作を提案してもいいです。

卒業製作

死郎さんがこのようにさじを投げるというのはあまり過去に例がなかったような気がします(自分の学年のときに1週間だけそういう時がありましたが)。実際、会って話を聞いてみると、「あいつらとは絶交した!!」と言っていました。別の人には「あいつらと話をするとバカが伝染る!!」と言っていたとも聞きます。

しかし、学費を払っているのに、絶交ってすごいなと思うのですが、そのあたりのことを死郎さん突っ込むべきではないでしょう。

ともあれ、このような背景があるなか、死郎さんが笑顔を見せるというのはそれだけで衝撃的でした。「どうしたんですか?」と聞くと、嬉しそうにこう答えました。

「バカだなぁっ。水野ってバカだなぁ(フヒッ)。でも、多摩美術大学ってすごいだろ?こんなバカなことしても社会に出て行けるんだよ。多摩美術大学はバカだなぁ(フヒッ)」

そのとき「かわいい子には旅をさせろ」ということわざが脳裏をよぎったとともに、「そんな大学の学長を務めていた死郎さんって一体……」と思わずにはいられないのでした。

捨てがたい

とはいえ、水野渚『メゾン・ド・エレクトロニクス201』も捨てがたい。
彼女が送る、独特の腐敗臭漂うデカダンスな生活がそのままこちら側へとはみ出てしまったような作品だ。

前に彼女に今後の作品の展開について聞いたことがある。すると、彼女はこう答えた。

「ケツから充電できるような、電力化に対応したインターフェースをつくる」

もしかしたら、「つくる」のではなく、彼女が「なる」だったかもしれない。

家電製品やコンピュータのおかげで、無限遠方まで生きながらえてしまいそうな日々。徐々にアパートの一室の日常空間が均質化し、出来事が減少していく。そんななかで、唯一均質化しなかったもの、それは自らの身体ではなかったか。
どうしても、ご飯を食べるためには冷蔵庫を開け、食べ物を取り出し、電子レンジを開け、それらを温めなければならない。暑ければ冷房をつけ、寒ければ暖房をつけなければならない。インターネットの海でエロ画像を探すにも、マウスやキーボードを操らねばならない。

そうした自身をとりまくプロセスを極限まで削り、ただ堕落するために、自らに家電を実装し、アパートの一室と同一化を図ること、それが彼女の目指す地平なのかもしれない。違うかもしれないけど。

個人的には、自分は彼女と同じアパートの住人(自分の斜め上が彼女)なので、どんな風に太陽が昇って沈むか、とか冬の寒さや夏の暑さ、近くのラーメン屋や近くのコンビニなどアパートをとりまく雰囲気はよくわかる。早朝にジャンベを叩いてK札を呼ばれた水野さんも、もう引っ越しかと思うと一抹のむなしさもあるっちゃあるし、ないっちゃない。

あと、「謝恩会は何着ていくの」と聞いたら、(以下自主規制
捕まらないでほしい。

掘り下げる

とくに石黒ユウ子『※』だと思う。

2年次以降の作品から知っているし、今回の卒制の制作プロセスを見てきたから、なおさら本人の高い精神性の発露が輝かしく、そして感慨深く映る。この人はいつも、自分を良い意味で裏切ってくれて、「あぁ、そういう考え方もアリか」と感動する。

後期の講評会のとき、※(米の塊)の上にモニターを乗せて、プロセスをスライドショーで提示していた。
それがなんとも惜しかった。この、米を集め、しかし乾燥してひびが入り、そしてそれを埋めていって、というプロセスが収められた映像は作品にとって絶対必要なんだけど、どうしてもモニターというモノは邪魔だった。邪魔、というか、モニターという存在に殺意を抱くレベル。このモニターは※に対して大変に失礼である、とかそんな怒り。だって、モニターはまだ、ベルトコンベアに乗って流れ作業で出来上がっただけなんだから。※のプロセスを表示するには、あまりにもプロセスが足りなすぎる。
死郎さんは、「こうすりゃいいんだよ」といって、※を持ち上げて、その下にモニターを差し込んだが、それも何か違う。みんな怪訝な顔をしていたが、死郎さんもなんとも言えない惜しさを感じて、とっさにとった行動だと思う。
一連の今年の卒制のことを思い出すたび、この作品の映像は必要なんだけど、モニターは邪魔という問題を考えていて、じゃあプロジェクターか?たとえばどういうプロジェクション?とかいろいろ考えていた。

それで、今回の卒制展、作者本人が※の上に乗って、紙芝居(人力スライドショー)をしていた。また、「あぁ、そういう考え方もアリか」と思った。本当はもっとあるんだけど、もういいや。

そういえば、彼女、3年生のあるとき、研究室の前の就職関連の掲示を見て、立ち尽くしていた。声をかけると、こう言った。

「リクナビで『楽しいこと』で検索しても何も出てこないんです!」

グサッとささった。

clearing

『clearing』については、ある程度、なにか記しておいた方がいいと思った。だいたい、この記述に関する問題はあくまで個人的な問題なので、TPOでころころ変わるのは当たり前のことだ(と逃避してみる)。以下、個人的に気になった作品。

  • 水野渚『メゾン・ド・エレクトロニクス201』
  • 石黒ユウ子『※』
  • 長谷川優『there is』
  • みやたゆき『フェノメノン』

完成度云々よりも日常レベルでの眼差しの純粋さ、鋭さが非常に良く出ていた。こういうタイプの人たちにはいよいよ生き辛い世の中だと思うが、絶対に生き延びてほしい。あと、映像を挙げていないのは、全編きっちり見ていないから。でも、岡翔三郎『猫除け水』は確かに何か禍々しいものを感じた。

作品として高い構成力や完成度を持ったものは、15日の総評の際に挙げられた作品がまさにその通りだと思う。

展示行ったよー(AA略

  • 京都精華大学 デザイン展(六本木AXISギャラリー)
  • 200∞年 目玉商品(六本木21_21 DESIGN SIGHT)
  • 多摩美術大学美術学部情報デザイン学科情報芸術コース卒業研究制作展『clearing』(横浜赤レンガ倉庫1号館)

あと、展示じゃないけど

  • 『free time』Live! (六本木SuperDeluxe)

と言った感じ。

テスト

感想書いてみようかな〜。やめようかな〜。

むかし、担当教員の一人だった久保田さんにこんなことを言われたことがある。

「先生の言うことなんて聞いちゃだめだよ!!人類の歴史で自分の作品のことを一番考えたのは自分なんだから!!」

その通りだ。世界が知らないことは、この自分のことだけ、という話も別の人から聞いたことがある。むかしは自分の作品とかの見当違いな意見に対してイラッとしていたが、そう考えれば、そんな意見も、客観性として取り込めるような気がした。
とはいえ、みんながみんなそういうわけでもなさそうなので、個々の作品の作者が取り扱えないようなメタなことに感想をつければいいかも?

たとえば、先日の情報デザインコースの卒制展。
テーマとか、使用している手法やメディアが比較的普遍的なものとなっていた分、あとはディテール勝負という土俵にまで持って来れるようになっていて、良かった。

とか?

3月11日の話

たまには仕事の話でも書いてみようか。

3月11日、伊藤ガビンさんと、松本弦人さんと、高橋さんと、鍵っ子さんが図書館に来た。BCCKS関係だそう。当初、打ち合わせと聞いていたのだけど、結局はみんなラボラトリー4で黙々とお目当ての本を読んだり、接写したり、わりと”作業”していた。

そういえば前に、バイオプレゼンスのシホさんから、ロンドンの大英図書館では、さまざまなアーティストがリサーチのため滞在しており、そのためそこは美術系の学生の間では重要なスポットだった、という話をきいたことがある。
そもそも図書館というのは、そこにいる司書らを中心に形成される一種のサロン的な側面も持っていたはずで、このあたりのことは図書館の設計段階のときからたびたび言及されていた。あのとき話したことが完成後1年で少しずつ実現に向かっているような。

ともあれ、学内のどこかでグラフィックデザインや編集の授業が行なわれているちょうどそのとき、学内の違うどこかで一線級のグラフィックデザイナーや編集者がガチで仕事してるっていう状況って結構面白くない?また来てくれるといいなぁ。

BCCK作ってみます。

展覧会行ったよー\(^o^)/

特に政治関係のニュースをみると、かなりの頻度で腹立たしく感じる。庶民だから、解決方法全然分からないけど。でも、そんなとき、自分には140年前に「ええじゃないか」に参加し、卑猥な言葉を連呼しながら伊勢神宮に向かって行脚していた連中の血が流れているんだと思うと、無性に勇気が湧いてくる。

ところで、今週はこんな展示に行ってきました。

  • ひとつぼ展(銀座ガーディアンガーデン)
  • 多摩美術大学美術学部環境デザイン学科卒業研究制作店『SCALE SCALE SCALE』(南青山MODAPOLITICA)

あと展示じゃないけど、

  • 『∞(Open End)』(NTT ICC)

こんな感じ。

メモ。
ひとつぼ展、澄(堀之内)くんの写真よかった。最初、なんの写真か分からなかったのだけど、キャプションみてズシーンときた。あと、『∞(Open End)』の大友さん。自分の中で、大友さんというのは、「なんかよくわからないけど、すごくて、うまくて、かっこいい人」というイメージなんだけど、そのイメージ通りだった(なんかよくわからないイメージでイメージ通りというのもおかしな話ではあるが)。こんどまたライブいきたい。

ぼんやり

ズボンのブログについて結構いろいろ考えたのだが、考えるのをやめた。

あと、江古田斎場とその向かいにある「おと虫」の関係について考えた。
江古田斎場というのは実家の近所にある葬儀場で、うちの祖父の葬式もここで執り行った。おと虫というのはその向かいにあった中古レコード屋。いまはちょっと離れた場所にある。

追記:
ブラックジャックばりのモグリのデザイナーを目指していたのだが、よくよく考えてみると、BJは医師を目指していくその過程でモグリになったわけで、ハナからモグリの医師を目指していた訳ではないのではないか。
なんとなく、気を紛らわすために疑問を呈してみましたが、これは厳然たる事実です。すみません、おとなしくデザイナーを目指します。