月別アーカイブ: 2008年5月

大島容疑者

昨日、佐藤卓さんが図書館にきた。

佐藤卓さんは図書館の見学を非常に楽しみにしてくれていたようで、そのまま宮崎さんと一緒に和やかに見学を始めた。しかしその1分後、図書館の入館ゲートを通ってすぐの雑誌コーナーのところに不審な男をみつけた。ブログで殺害予告を行った大島先生だ。

「アンタ、あのブログの内容マジだったのかよ!」私は思った。なぜなら、大島先生の手元には柳刃包丁とメグミルクと、おいしい牛乳と、佐藤さんがかつてデザインしたピュアモルトウイスキーの空き瓶があったからだ。ピュアモルトウイスキーの容器は主張しないデザインなので、飲み終わった後、いろんなことに使える優れものだ。大島容疑者は私と目が合った瞬間、ニヤリと笑った。

それはそうと、去年の3月くらいにアマゾンの検索結果から、たまびの図書館の蔵書を検索できるGreasemonkeyのユーザスクリプトをつくったんだけど、その直後に図書館のシステムが変わった(バージョンアップした)ので、使えなくなっていたんだよね。というわけで、設定をかえてうpし直しました。

フンコロガシ

世田谷文学館では、現在死郎さんのフンコロガシのバボットが展示されていることになっている。「されていることになっている」というのは、バボットは空気膜造形というその特性上、強風や大雨に弱いらしく、天候いかんによっては一時的に展示中止もあり得るということである。しかし逆に言うと、強風や大雨にさえならなければバボットは展示できるはずなのだが、どういうことか死郎さんが何度世田谷文学館に訪れても展示されている様子はないらしい。

なにが言いたいのかというと、死郎さんのバボットを目当てに世田谷文学館に行ったのだが、見ることはできなかったということだ。しょうがないので、死郎さんをなじっておいた。

あと、ようやく大島先生のブログに先生らしいことが書いてあった(VSCの展示の話)。もっとこういう美術学院っぽい話を増やしてほしい。さもなくばmixiの日記をリブログすることになるだろう。

思いのままにペンでスラスラ

で、結局ゲームのことを考えながら、OpenGLをもてあそんでいた。ゲームのことを考えながら、OpenGLをもてあそぶのはよくない。

このところは、市川神の「みんなGLFW大好きだよね?」というお言葉から、GLUT依存をやめて、GLFWをはじめてみた。スッドレ機能とかあるのな。誰も使ってないっぽいけど。あと、画像のロードとかもお手軽だし。

あと、電子工作を再開した。
FlockeとPri/Proどっちも面白そうだが、両者のメリット/デメリットがわからないので、両方やる。

ちなみにタイトルは、こち亀の両さんの初の著作のタイトル。ほんとこういう領域(26バイトだけど)を他のことに再利用したい。ガベージコレクション。

ム

『ポートピア殺人事件』みたいなゲームはプレイして20年近く経つというのに、まだ忘れられない。脳が『ポートピア殺人事件』のために割り当てている領域をそろそろ別のことに利用したいので、deleteないしはfreeしたいのだが、できない。『ポートピア殺人事件』みたいなゲームは今回提案しなくていいです。

あと、『テーマパーク』が惜しい。なんか、あのゲーム全体を取り巻く洋ゲーならではの一抹のヴォイド感は結構好きなんだけど、なんでもかんでもウォータースライダーを設置すればいいという話でもない。

あと、『ミスト』とか『リヴン』みたいなゲームはいまのハードウェアのクオリティでやると、島から出てこれなくなるのではないかという懸念があるので、これもいい。

それはそうと、『テクノカルチャー・マトリクス』という本に「ゲーム」という章があって、そこにガビンさんが「ゲームの考古学」というテキストを寄稿しているのだが、そこに出てくる話に割と影響を受けているかもしれない。要約するとこんな話。

ゲームが誕生して間もない頃は、制作コストも低かったせいもあろうが、有象無象のゲームソフトが粗製濫造されていた。そのとき、現場ではなにが起こっていたかというと、「エンジニア(ここでは便宜上そう呼ぶ)」が趣味の延長でコンピュータの前で思いついたままコードを書き、トライ&エラーを繰り返していた。

やがて、そうした有象無象のゲームソフトの中からヒット作が出てくるようになると、企業や業界には「ゲームソフトが売れるとけっこう儲かる」という認識が芽生え始める。すると、現場では何が起きるか。ヒットする可能性を少しでもあげるために、制作を開始する前に「企画書」を用意し、組織作りをしてから制作に臨むようになるのだが……。

で、以下引用。

『テトリス』のない世界で、『テトリス』 の企画書を書くのは難しい。

文中では、同様の例として『バンゲリング・ベイ』も挙げられているのだが、とにかく『テトリス』はあれほど世界中で大ヒットした知らぬものはいないゲームソフトである。その売り上げの後塵を拝すべく、それを参照しても、『テトリス』というのは所詮「4つの四角形が組み合わさったブロックが上から落ちてきて、クルクル、スポッとはめると1ライン消えるゲーム(本文より引用)」でしかないのだ。

商業的な成功を収めるゲームをつくるのと、これまでになかった面白さのゲームをつくるというのは、似ているようでいて、全く違う。そして、どちら重要か、どちらが本質に近いのかは立場によって変わってくるだろう。

この話はテーマ審査会で悩んでいるモニターの前の君にも参考になる話ではなかろうか。
(こんなこと書いている暇があったら、watanabetomoya.comをもとに戻せって?サーセン)

ゲー

実はほとんどゲームしないので、最近、ゲームを始めようかと思って。
でも、今のところの流れではバーチャルボーイを芸大で対戦プレイすることになりかねないので、もう少し流行の最先端に触れられるようなハードウェアを堪能したい。

先入観を持たないつもりで、ざっくりとヨドバシを見て回った限りだと、Xboxが良いのではないかと思った。ゲームソフトのラインナップがお子様や、中高年に媚びない感じがあり、その辺りがゲーム機の進化とともに歩んできた我々ファミっ子の心を掴んだといってもよいだろう。ただ、絵がきれいすぎて、気分が悪くなるのではないかという懸念があるし、RCAの端子あるのかという懸念もある。

ゲーム機の値段はどれも大して変わらないようなので、ここはゲームソフトで選ぶのが常道であろう。インターネットの力を信じてここに、自分が結構好きだったゲームを記しておくので、実空間やバーチャルワールドで会った人は以下を参考に「お前が買うべきゲーム機とゲームソフトはこれだ」と提案していただきたい。

  • エキサイトバイク
  • スーパーマリオブラザーズ3
  • スーパーマリオワールド
  • マリオペイント
  • シムアース
  • ロードモナーク
  • A列車でいこうIV
  • カルネージハート
  • アストロノーカ
  • がんばれ森川くん2号
  • ベストプレイプロ野球

忘れてたけど、展示いってk(以下略

  • 『OpenSpace 2008』(初台・ICC)

見たことがあるものが多いので、特に無いのだが、ギャラリーAに佐藤雅彦さん+桐山孝司さんの『計算の庭』を入れてしまって、今年は企画展をどこでやるのだろうか、という疑問はある。

あと、オープンサロンで「研究開発コーナー」とか「ネットワークゾーン」とかの作家(でいいのかな?)を出してほしい。似たような「コード」を使っているように見えるのに、著しい乖離があるような気がしてしまう。2年くらい前の北野宏明さんらが出ていたオープンサロンがそのあたりのことをうまいこと突っ込んでくれていたと記憶している。

Open Salon

八木さんと畠中さんのトークセッション。
基本的には、過去の作品から、現在展示中の作品についてのレクチャー。

簡単にポイントとしては、まず、トークセッションでは世代の特徴として丸め込んでいたけれど、レコードというメディアについての眼差し。
八木さんは20代後半ということもあり、物心ついたときから、音楽を聴くという行為のほとんどがCDだったようだ。そういった流れの中で、レコードというメディアに触れると、(CDの方がブラックボックス化しているにも関わらず)レコードからなぜ音が出てくるのが不思議に思えたらしい。これはよくわかる。
なので、結局、レコードというものをメディアとして捉えるのではなく、もう少し根源的に「彫刻」であったり、波形がそのまま刻み込まれていることから、さらに突っ込んで音の象徴として捉えていたようで、基本的に、展示中のほとんどの作品がこの認識にたって、制作が行われている。

あと、氷のレコードの実演を初めて聞くことができた。
そもそも音楽の本質というのは一回性であり、録音、複製(、流通)、再生されることによってその本質がぼやけてくると思うのだが、この氷のレコードはメディアとしてのそれらの機能がぼやけているがゆえに、かえって録音、複製(、流通)、再生することで一回性が浮き上がってしまう。
砂時計の音を採録した作品もそうだったが、無くなってはじめて認識できるようになる、という。

それと全然関係ないけど、ロバート・ラウシェンバーグみたく美術館に白い絵画を展示するのと、 そもそも美術館に何も展示しないのとは、当たり前だけど本質的にまったく異なるよなー。

日常生活

山口から帰ってきてからというもの、あまり寝なくても平気になったので、割と作業をしている時間が増えたと思う。完全に停止されていた映画鑑賞(笑)の方も再開したい。

そういえば、むかし、いまは(たまびに)なき谷口くんが、なくなり際に「10日で10個作品作ろうかな」と言っていたような記憶があるが、もしかしたら、10日で3個だったかもしれず、その個数いかんによってはこれから展開する話はだいぶその説得力が変わってくるので各自気をつけるように。

ともかく、スケッチを10日で10枚とか100枚とかは簡単だと思うのだが、「作品」ともなると、当然そこに作品足らしめる論理展開が必要である。制作に必要な能力をいくつかに切り分けたとき、こうした論理展開能力がある程度は重要なのは間違いないが、それを明示的に養うにはやはり、スケッチや執筆や読書よりも一歩踏み込んで、「作品」と言い切れるレベルまで無理やり持っていく訓練が必要な気がする。

かつて大学にいたころは「課題」というものがこうした論理展開も含めた総合的なトレーニングの役割も果たしていたり、いなかったりしたのだが、「課題」というのものは所詮課題なので、どこか全方位的な緊張感に欠けるのではなかろうか。

大学1年のとき、デザインを勉強していたころ、目にした西村佳哲さんの言葉にこんな言葉がある。

「つくるための技術の習得も大事ですが、「なぜつくるのか」「何をつくるのか」といった課題の自己設定能力を、あらゆるデザイナーが問われ始めています。ちょっと上手にデザインできる人は、既にいくらでもいるのです。」

当時、なぜかこの言葉(とくに一番最後)にひどくショックを受けて、それがきっかけでアートの方に行ってしまったのをよく覚えている。
大学を卒業して2年以上がたち、「課題」という制度もなく、いつなんどきどこに引きずり出されるかわからない今、こうして自分自身でハードルを定め、加速し越えていく、そんな本当の意味の課題みたいなものは必要だと痛感している。

あと全然関係ないけど、大島先生とか、あの作風で寡作傾向ってちょっともったいない気がするので、こういう感じで量産しまくったらいいんじゃないかと思う。

UNIQLOCK

あと、新しいUNIQLOCKの半分はうちの職場で撮りました。
なかなかライヴでみる人は居ないと思うので、貴重な体験でした。

正直、ライヒ+ROSASのイメージが強くて、いままでは特にどうとも思わなかったのですが、印象を改めざるをえません。オリジナリティとクリエイティビティは別もののときってあるような気がします。

宇宙史

情報デザイン学科10周年記念ということで、宇宙史つくりますた。発案は著述家であられる港大先生。みなさま(とくに情報デザインコースのかたがた)、適宜編纂してください。

http://webagora.jp/universe/
(webagora.jp以下にディレクトリ作るの何年ぶりだろう)

基本的に、たまびにあるほぼすべての学科が設立10周年なはず(一部は厳密には改称)なので、そちらの方でも平行宇宙としての宇宙史を編纂していただきたい。