月別アーカイブ: 2008年6月

体験コミュニケーション/パプニング

  • 体験コミュニケーション
  • パプニング

に行ってきますた。

『体験コミュニケーション』の方では、体験とコミュニケーションに飢えた獰猛な野獣が、光やモーターをもって私に襲いかかってきたので、やむを得ずこちらも応戦していった結果、体験とコミュニケーションは私と野獣との境目でぶつかり合い、そして私の思考は徐々に奪われ、主体は消滅し、やがて私は野獣に隷属する器官の一部となり果てた。
また、このような状況が同時多発的に会場で発生したことによって、会場全体に渡って調和が失われた。しかし、会場の2階、3階の常設展示を見ながら、メタ的な視点で『体験コミュニケーション』を見下ろしてみると、調和は失われたようでいて、新たに巨大な調和がそこに生まれていることに気づいた。工藤さんが指摘したように、岡本太郎が言う調和がそこにあった。

人類は進歩していますか?
縄文土器を見ても、ラスコーの壁画を見ても、現代の人間があんなの作れますか?
技術や生産の面では進歩しているかもしれない。
だが人間としては、むしろ退歩していると言っていい。
調和も、みんな相手の様子を見て、お互いに六分ぐらいのところで頭を下げあって、馴れ合うのが“調和”だと思っている。 そんな調和は卑しい。
フェアーに己を主張し、ぱんぱんとぶつかりあって、徹底的に闘って、その結果、互いを認めあったところに成り立つ均衡なら許せるけど、いま普通に考えられている調和なんて、ぼくは大反対だ。

獰猛な野獣たちによって主体を奪われ、その一部と化した私は、与えられたその足で世田谷ものづくり学校に向かい、パプニングを見た。前日、その場所でお化けによって主体を奪われていたにも関わらず。そこからの記憶は曖昧だが、あざみさんの作品は前の『記録の形』の方が好きでした。おしまい。

シュヴァル

先日、フランス文学者の岡谷公二さんが芸術学科に来校し、「シュヴァルの理想宮」についてのレクチャーを行っていたので、購入以来長らく封印していた第三の眼を解放し、記録の撮影を行った。

「シュヴァルの理想宮」 といえば、一介の郵便配達夫であるシュヴァルがある日、道ばたの石につまずいたことからインスピレーションを受け、その後30年超に渡って仕事の合間に拾った石を積み上げて建造された建築である。この建築についてのレクチャーの記録が、この第三の眼に課せられた最初の使命となったことは何かの示唆があるように思えてならない。

それで、この記録をきちんと編集したいと思ったのだが、H.264のMP4だからかうまくいかない。ファック。これ以上文章を書く気が起こらなくなった。

「本とワンピ」をめくりつづけるAppleScript

いつまでも「本とワンピ」を読んでいたい諸兄のために「本とワンピ」をめくり続けるAppleScriptを書きますた。MacOSX 10.4以降のみ。IDとページ数とブラウザのサイズを変えれば他のBCCKもめくり続けられるはず。BCCKSのAPIないのかな。

本とワンピ

というわけで、図書館で撮ってもらいますた。一気にカオスからコスモスに突き抜けてますね。カッコいい。

バウハウス・デッサウ

そういえば、先週、バウハウス・デッサウ展に行ったのでした。

自分のなかにある、デザインや建築などに対する基本的な価値観みたいなものが無自覚にここに依拠しているのは間違いなくて、そういう意味で自分らは全然そこから進展してないんじゃないか、もう終わってるんじゃないか、という問題もある。

それはそうと、今まで授業の中でちょっとしか見たことがなかったいわゆるバウハウスダンスというものを2時間くらい見れたのは貴重な体験だった。幾何形態を取り入れた衣装と、おなじく幾何形態を取り入れたステップからなる無機質なダンスという、そもそも、事前のプランとして方法論偏重で面白くないような気がするが、無駄に身体性が研ぎすまされているゆえ、狂気に近いものを獲得していた。なんでもやってみないとね(なんて薄い結論!)。バウハウス叢書でDVD出してくれないかな。

webAGORAというメディア

通常なにがしかのメディアに露出する場合、それは「掲載された」などと表現するわけであるが、webAGORAにおいてそれは「晒された」と表現されているという説がズボン嬢の指摘により浮かび上がってきた。

ニコニコ動画がPrix Ars Electronicaで入賞

していて。

去年のグッドデザイン賞受賞もそうだったんだけど、ニコニコの中の人がきちんと募集を把握していて、かつ応募しているところに、2ちゃんねるベースの表面的な華やかさの裏側で、広報的な付加価値はもちろん、メディアにおけるポジション取りに関してシビアな取捨選択をしているように見えて、ちょっと意外だし、興味深い。FFFFOUND!は別に驚かない。

2ちゃんねる以降から今までのところ、日本のインターネット文化はほとんど2ちゃんねるに帰結させることができると言って過言ではないと思うのだけど、こうした出来事をきっかけにそうした状況に対して、他国のインターネット文化と相対化し比較するような試みが海外から起こらねーかなー。

あ、平川くんおめでとうございます。

第三〜第五の脚

第三〜第五の脚も購入しますた。

ただ、まだ第三の眼を箱から取り出していないので、そこを頑張りたいと思う。

第三の眼

第三の眼を購入しますた。「21世紀の松本俊夫を探せ」というコンペがあったら応募する(べつに今回購入した第三の眼がつぶれかかっているわけではない)。

そ、そういえば

先週、展覧会にいってきますた。

  • Tamami Iinuma Solo Exhibition

会場は六本木ミッドタウン内のりそな銀行の支店に隣接する「オルタナティブスペース」という事務所ライクな20畳たらずの一室。最初はその支店の中でやっているのだと思って、たいそうたまげた(ちなみにその支店は森田恭通のデザイン)。欲望都市・六本木のしかもミッドタウンの、さらには銀行のとなり、という資本主義の権化のような場所に突然「アートスペース」があると、却ってうわついた感じがしてしまうよね。幸いにして、飯沼さんの作品はそうした雰囲気を助長させないスマートさがあるので(あと、ニューメディアだし)、それほどではなかったけど、作品によっては一緒に展覧会をみていた大島先生が暴れだしてもおかしくはなかった。