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神様がムカつく!

結構前に、サラ・ケイン作、飴屋法水演出の演劇『4.48 サイコシス』を見に行った。どのような演劇だったのかは、フェスティバルトーキョーの劇評を見てもらった方が良いと思う。

映画や、演劇、展覧会など、こちらが受け手となって鑑賞をする場合、「お客になれるかどうか」というのが、個人的にはひとつの分岐点になると思っている。簡単に説明すると、お客でいられない状態というのは、作り手としての自分が、観客としての自分を凌駕してしまうような状態で、例えば、見ながら悔しさを感じたり、自分にプラスになりそうな要素を目ざとく見つけようとしているような状態。お客でいられる状態というのは純粋にお客さんでいられる、全身で楽しんでる状態。いずれにせよ、この評価は質的なぶぶんを云々する話ではない。
実はこの「お客になれるかどうか」問題は8月に参加した西村佳哲さんのワークショップでも同様の話がでたのだが、そのときの文脈は割愛。

それで、そういう意味においては、8月に見た『3人いる!』にくらべると『4.48 サイコシス』はお客でいられた。『3人いる!』は小さな構造やルールが明確に存在しており、そのうえに俳優ごとの小さなプロセスが半ば自律的に走っていて複雑な展開を生み出しているという演劇でその分、分析が容易(というか分析のしがいがある)だったと思う。しかし、『4.48 サイコシス』は、『3人いる!』と似たような俳優の匿名性や、それを活かした多層的な構造を持っているが、それをさらに複雑化したうえに、時間軸の操作、観客と舞台の反転などの多様な要素を盛り込んでいたため、はっきり言って情報過多で、こちらとしてただただ見つめるほかなかった。実のところ、この演劇で記憶に残っているシーンはほとんどなくて、断片的にシーンが光景として焼き付いていたりするだに過ぎない。また見たいような、こころに残ったこの断片的なシーンを大切にしたいような複雑な気持ち。