月別アーカイブ: 2011年6月

高嶺格「とおくてよくみえない」

広島市現代美術館で開催中の「とおくてよくみえない」を観た。濱くんと一緒に。

作品のつくりとしては、おおきくてよくみえないとか、ちかくてよくみえないとかそういう印象が強かった。しかし、どこか遠さみたいなものも感触としては残っていて、たぶんそれは、他者に対する先入観みたいなものが、コミュニケーションを阻害しているというか、他者が本当に感じていることを分かりづらくしているとか、そういった普遍的なことなような気がする。「大きなフェラチオ」で引用されていた吉岡洋さんのテキストとか。

どっちかというと、会場の最後の部屋に展示されてたパイクの「バイバイ・キップリング」に救われた。単純にカッコいい。あと、八昌が良かった。

アンドロイド演劇「さようなら」/ロボット演劇「働く私」

アンドロイド演劇が終了して、ロボット演劇が始まるまでに設けられた20分間の休憩の際、隣の席で見ていた職場のバイトの子(大学学部6年生、男)が、観客に配布されたパンフレットを指差し「どっちが欲しいですか」と、アンドロイド「ジェミノイドF」とロボット「wakamaru」のどちらが欲しいかを尋ねてきた。正直どちらでもよいのだが、このときふと、自分にはこういったことを他人に聞く器量が無いなということに気づいた。振り返ればこうした器量の無さが、生来の人見知りを助長している感が否めない。とはいえ、いまさらどうしようもないので、ジタバタするつもりはない。