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技術と忘却

      まずその成り立ちが不幸で忌まわしいから、思い出したくない。忘れてしまいたい。
      いまの新しい技術はますます複合化し、進歩主義的な色彩を強めている。昨日よりも今日が良いし、今日よりも明日が良いはずだから、ただその恩恵を享受するだけであれば、昨日のことは忘れても構わない。
      あらゆるものが記録できるようになり、その解像度/再現性/アクセシビリティは際限なく高まっていく。だとしたら、人間は記憶のかけらを「記憶」として束ねておく必要はない。かけらを分断されたままの「タグ」として、それをたよりにひたすら記録を再生すればいい。それはいまであり、ここである。